【小説】Useless 1
コンクリートの上を転がり、車のバンパーに背中を打ち付けた。一瞬、息が詰まる。だが、俺を後ろから突き飛ばした男が、ゆっくりと近づいて来るのは視野に入っていた。
俺のマンションの地下駐車場。時間はちょうど日付が変わる頃。
脚で俺の頭を弾ける距離まで男は近づいてきた。中肉中背、パーカーのフードで目から上は隠れているが、全く知らない男だった。そいつは、顎をしゃくって、俺に立てと促した。俺は肘をバンパーにかけ、躰を持ち上げた。
「二、三発殴ればいいと言われたんだがな」
男の声は何故か戸惑っているように聞こえた。
「じゃあ、さっさと済ませればいいだろう」
思ったより情けない声じゃなかった。「なんで俺が殴られなくちゃいけないのか知らんが」
男はパーカー越しに首筋を撫った。
「あの車、お前のだろ?」
さっきまで俺が運転していた塗装の剥げたワーゲンを目で指す。
俺が頷くと、男も頷き返した。
「人違いじゃないようだな。……だがもういい、行きな」
俺はスーツを叩いてから、他人の車の下に潜り込んでいた鞄を引きずり出した。
顔を上げると、男が両手をポケットに突っ込み、出口のスロープを上って行くのが見えた。
「誰に頼まれたんだ?」
俺の問いに、振り返らずに右手を小さく振った。
「何かの手違いさ、多分。悪く思うなよ」
挙げたその手でパーカーのフードを跳ね上げると、ゆっくりスロープの向こうに消えていった。